にわとりごや

継続は力なり

妖精さん【短編小説】

 妖精さん
                     

 それはなんでもない、ただの日曜日であった。
 どこかの研究所が人々に幻覚を見せる装置を開発したわけでもなければ、どこかの滅びたはずの古代文明が息を吹き返して世界を不可思議な力で覆ったのでもなかった。
 世界を平均して眺めてみれば、なんてことない、ただの日曜日。
 しかしその日を境にして、世界には妖精が現れるようになった。
 その姿は、子供の純粋な瞳にのみ映る。

 

 日曜日に自分の五歳になる息子を公園で遊ばせていたY氏の話をしよう。

 

 彼は休日の麗らかな午後、ベンチで心地よい日に当たりながら、砂場で無邪気に城を作る自分の息子をぼんやりと眺めていた。

 

 最初は一人で砂をバケツに入れてはひっくり返しているだけの息子であったが、やがて彼は、幼稚園の友達とおしゃべりするように口を動かし始めた。

 Y氏は最初は気にもしなかったが、時間が経っても、相変わらず、まるでそこに人がいるように会話をする息子の姿をいよいよ不審に思って近寄った。


「どうしたんだい、坊や。そこには誰もいないよ」


 しかし坊やは自分の青色のバケツのそばを指差した。


「ここに、いるよ」

 Y氏にはなにも見えなかった。彼は息子がそういう架空の人物を作り出すごっこ遊びをしているのだと思った。


「ようし、坊や。そういう遊びならパパも混ぜてくれ。どんな人を想像してるんだい?」


「ちがうよ、ここに、いるんだよ。このくらいでね、変な帽子をかぶった、小さいのが」


 そう言って彼が手で表したサイズは、Y氏の手のひらよりも小さかった。Y氏の脳裏には、自分が子供の頃に絵本で見た妖精の姿が思い浮かんだ。


「そうかぁ、坊やは、妖精さんが見えるのかい」

 

 Y氏はその日、息子が妖精を見たことを、ただの子供の妄想くらいにしか思わなかった。

 

 次にS夫人の話をしよう。
 S夫人はその日、自宅のリビングで、幼稚園に通う娘と一緒にくつろいでいた。

 特に見たい番組があるわけでもなく、ただただ暇にあかせてテレビを眺めていた。娘はお行儀よく座って、最近買ってもらったピーターパンの絵本を読んでいる。
 お昼のニュースに差し掛かったあたりで、本から顔を上げた娘が、いきなり、「ピーターパン!」とテレビの画面を指差して叫んだ。

 S夫人は娘の指差す方向を見るが、テレビの中ではリポーターが生放送で美味しそうな食べ物を紹介しているだけで、妖精らしきものは何も見えなかった。


「ママには、ピーターパン見えないなぁ」

 しかし娘は興奮冷めやらぬ口調でテレビの中のピーターパンを主張し続けた。どうせ何か見間違えていたのだろうと思っていたS夫人であったが、いつまでも娘がテレビ画面を見てピーターパン、ピーターパンと言い続けるので、彼女は少し怖くなった。


「ああ、だいじょうぶかしら。私の娘が、変なものを見るようになってしまった……。一度、お医者さんに診てもらったほうがいいのかもしれないわ……」


 S夫人はその日、娘が妖精を見たことを、精神かなにかの病気だと思って、病院に連れて行った。

 

 

 D氏はとあるテレビ局でニュースキャスターを務めていた。

 彼には子供がいない。どころか結婚もしていない。だから、最近世界に現れ始めた妖精たちについては、毎日読み上げる記事に関わる事柄ではあるけれど、身近な問題だとは言えなかった。
 彼はその日の夕方も、妖精についてのニュースを読み上げていた。世界各国の研究者が一丸となって調査をしているが、未だ妖精については何一つわからないという残念なニュースだ。
 妖精関連のニュースはまだ後ろに山ほど控えている。

 妖精について不信感を持つ大人たちの悩み特集、妖精がもしかすると道路に子供を誘い交通事故が増えるのではないかという専門家の意見、「妖精と戯れる我が子」という視聴者参加型のコーナーなど。
 D氏はうんざりするほどに妖精関連のニュースを読み上げた。妖精とあらゆる方面から関わる大人たちの姿を見てきた。
 しかし、D氏は苦笑いを浮かべないわけにはいかなかった。なぜなら彼が仕事上真剣になって語らねばならない妖精の存在について、彼は知覚どころか認識すらできなかったのだから。
 今、彼の眼にはただ一人ではしゃいでいる子供を映した映像だけが見えている。

 

 妖精が世界に現れ始めたその日から、大人たちはその現象について考えを巡らし、議論をした。
 まったく、知覚も認識も及びもしない事柄について。
 時折、己のやっていることに無意味さを感じて、溜息なんかを吐きながら。

 

 

資源不足【短編小説】

 資源不足

 

 とにかく現代は大量生産・大量消費の時代であるから、まるで細胞が入れ替わるようにして、次々と新しいものが生まれ、そして古いものは消えてゆく。

 地球上の物質には当然限りがあるから、新しいものを生み出すには、廃れてしまった古いものをリサイクルして資源を回収しなければならないのだ。

 ここで、資源不足に悩むとある現場を見てみよう。

「おうい、きみ、もっと、こいつの生産スピードを上げることはできないのかね? 生産速度が需要に見合っていないじゃあないか」

 真っ赤な顔をした鬼上司が現場監督を怒鳴りつける。現場監督は苦笑いを浮かべ、

「いやあ、こちらとしても全力を尽くしているんですがね、生産技術はともかくとして、肝心の資源が足りないんです」

「業者から、毎日毎日山のように、廃棄されたスクラップが届くだろう」

「ハァ、それをリサイクルしても足りないんですよ」

 技術はあるのに資源がないというのは、なんとももどかしい。鬼上司は溜息をついてがっかりしたが、視界の隅に、うず高く積もったゴミの山を見つけると、ああいいことを思いついたと言わんばかりに、

「きみ、あのゴミ山から資源を取り出すことはできんのかね」

「エエッ、あのゴミ山からですか?」

 現場監督はギョッとして驚いた。普段届くスクラップは、廃棄されたものといっても元の製品は良質なものだ。しかしあのゴミ山は、元の製品もそんなに質の良いものではない。

「できないこともないんですが、いつも使っているものよりも、あれは純度が低いですし、質もよくありません。代用できないこともないですが、製品の質が落ちてしまいます」

「なあに、今は大量生産・大量消費の時代じゃあないか。多少質が落ちたところで、そんなに問題はない。それより、需要に合わせた生産速度を出すことのほうが大切だ。サァ、さっさとやりたまえ」

 鬼上司はそう告げてさっさとどこかへ行ってしまった。残された現場監督は、上司の命令には逆らえないので、そのゴミ山から取り出した資源を使うしかないのだった。

 なんだか、自分の手で世界の質を落としているような気がして、彼は溜息をついたが、しかし仕事だから仕方がない。彼は、その虫どもから回収した魂を手にとって、それを輪廻の中へ放り投げた。

 彼らの見下ろす人間世界のどこかで、赤ん坊がおぎゃあと泣いた。

 

 

 

新商品【短編小説】

 新商品     
                      

 哀れな現代のロビンソン・クルーソーの日記データより抜粋。

 遭難1日目
 気がつくと、私は浜の上に倒れていた。幸運なことに、あの嵐の中で沈没しかかっていた船から、生きのびることができたらしい。
 どうやらここはあまり大きくない無人島のようだ。私以外に漂流者の姿も見えない。たった一人で心細いが、しばらくすれば助けが来るだろう。
 これまた幸運なことに、森の中には私に真水を提供してくれる川も流れていたし、その近くには腹を満たしてくれる果物が成る木も生えていた。私に危害を加えようとする動物は、今のところ、私の食べ残しを狙おうとするやんちゃな狐しかいない。助けが来るまでの数日は、なんとか生き永らえることができそうだ。

 


 遭難7日目
 待てど暮らせど助けが来ない。
 調べてみると、森の奥には私の口と体質に合いそうな植物がいくつも生えていて、海には魚がたくさん泳いでおり、また罠も仕掛ければ小動物も捕獲することができたので食べ物には困らないが、しかし、精神はまったく健康ではない。
 果たして私は元の暮らしに戻れるのだろうか。親は、友人は、同僚は、私をすっかり死んだものとして扱っているのだろうか。一刻も早く救助隊が来て欲しい。元の、機械に囲まれた暮らしに戻りたい。
 今のスローライフも悪くはないものの、しかし私は日進月歩の進化を遂げる現代文明に生きる身、こんなネットもなければコンセントすらない島での暮らしなど、性に合わない。
 かつて狭いものの機械の充実した部屋に暮らしていた私は、いまや洞窟で落ち葉にくるまって生活している。
 早く私をこの絶海の孤島から救い出してくれと切に願うばかりだ。

 


 遭難30日目
 どうせ助けなど来ないのだ。
 もういい。私はここで動物と戯れながら暮らす。
 よくよく考えれば、私はさほどあの世界が好きではなかったのだ。大学に入るまでに一浪して、しかも卒業するまでに二度ほど留年した。サークルではご長寿さまと呼ばれ、先輩からは笑いものにされ同回生からは馬鹿にされ後輩には相手にもされなかった。卒業してからも一緒だ。どいつもこいつも、私の3年ものスタート遅れを知るや否や、私を笑いものにする。そうして誰一人とも仲良くなれなかったから、私は一人で船旅を決行し、こうして遭難したんじゃないか。
 私はあの世界に好かれていなかったんだ! あの時の嵐は、寂しい私をここへ招くための、神の計らいによるものに違いない。ここには私一人だが、しかし、私という存在を受け入れてくれる自然がある。動物がいる。私を受け入れてくれるのだ。ならば、私もその思いに応え、この島の全てを受け入れ、愛そうではないか。
 そう思って近くにいた兎に手を伸ばしたら、噛まれた。

 


 遭難365日目
 そうです。なんだかんだ言って寂しいのです。
 過去の私は助けの来ない絶望のあまり、ついあの懐かしき世界に対し悪態をついたが、本音はそうではない。それは、私がこの日記を毎日欠かさず書いていることからもわかるだろう。そう、私は、実は人と会話を交わしたいのだ。言葉を発したいのだ。文明人としての自分を見失いたくないのだ。
 もう、飼いならした兎と戯れ、返事もないとわかっていながら話しかけるだけでは、精神が限界なのだよ。
 私の目の前には当然のごとく誰もいないが、いつか、私のこの寂しい日記を読んでくれる人が現れると信じ、私はあえてここで諸君と呼ぼう。わかるかね、諸君? 私のこの孤独が。
 元の世界にいた私は孤独などではなかった。その気になれば、私はいつでも人と関われたではないか。たったちょっとの勇気で! いつでも!
 そんなことを考えると、涙が溢れて止まらない。日記を記す指も文章も思考も、ぶれてぶれて止まらない。

 


 遭難10年目
 ついに私にも死が訪れる時が来たようだ。
 いや、ここまでよく生き永らえたと言うべきだろう。運命の、10年前のあの嵐の夜に、私は本来死ぬはずだったのだ。それが、運良くこの島へ流れ着き、自然の恵みによって私は今日まで生きることができた。
 だがそれも今日までだ。どうやら、厄介な病気にかかってしまったらしい。食欲は湧かず、体はいうことをきかない。なんとなくわかる。これはもうだめだと。
 今、最後の軌跡を残そうと、私は横になり、ゆっくりゆっくりとキーをタイプし、この日記をしたためている。
 いや、本当に、漂流した時にこのパソコンが一緒でよかった。こうして日記を書くことで、日々私は活力を得て、今日まで文明人としての誇りを保ったまま、生きることができたのだ。
 望むらくは、この島に人が降り立ち、私の亡骸と、この、私の日記を読んでくれることである。私がここにいたんだという証を、ここで、私が10年を過ごしたのだという証を、発見してほしいものだ。


 ………………
  ………
   … 


『水に浸けても壊れない完全防水! 長時間使える長持ちバッテリーと耐久性! 容量たっぷりのハイスペックパソコン!』
 画面の向こうのテンションの高いナレーションはそう言い、下には制作会社と商品名が表示された。
「つまんね」
 今時流行りのドラマ仕立てのコマーシャルである。
 俺はカップラーメンをすすりながらリモコンを手にし、チャンネルを変えた。

となりのコソドロ【短編小説】


 となりのコソドロ
              


 大学生で男子寮に住む者として、モラルに欠けるというのは常識である。
 土足厳禁だというのに土のついた靴で平気で入る、全面禁煙だというのに部屋でタバコ吹かして火災報知器を鳴らす、女人厳禁だというのに平気で女を連れ込む、深夜には大声で麻雀大会を開き、玄関の傘立てを利用しようものなら確実に次の日にはなくなる。
 安いからという理由でこの外観内装及び入居者の心が汚い寮にブチ込まれる羽目になった時は健全であった俺も、ここに入居し生活するうちに、一人前の非常識を身につけていた。
 だから朝シャワーを浴びた後、共用の風呂場を出る時はパンツ一丁である。その後に洗濯をしにこれまた同フロアにある共用の洗濯機に行く時もパンツ一丁である。夏場で暑い上に風呂上がりで体が火照っているから仕方あるまい。
 俺の部屋から一回百五十円で稼働する共用洗濯機までの距離は歩いて三十秒とかからない。それだけしかない距離のところへ歩いて行き、衣類を洗濯機に放り込んでスイッチを入れ、また帰ってくるというこの短い時間だけのために、わざわざ部屋に鍵をかけることなどしない。労力の無駄である。
 と思っていたら、手酷い一撃を喰らった。


 俺はいつものように五日分貯めた衣類と洗剤と二枚の硬貨を洗濯機に放り込み、空になった洗濯カゴを手に持って部屋へと歩いていた。暑い。早くクーラーの効かせた部屋へと戻りたい。
 そう思いながら部屋の前まで戻り、ドアノブを握って押すと、
「ん?」
 開かなかった。引いて、思い切り押す。ガンと音がするだけで一向に開かない。おっかしいなと思ってドアの隙間を覗くと、鍵がかかっていた。
「……んん?」
 いまいち状況が飲み込めない。ええと、俺は洗濯をするために部屋を出て、その時に鍵はかけていなかった。で、洗濯機を稼働させ、部屋に戻ると、今度は鍵がかかっていた……と。
 2分ばかり考えた挙句、俺は一つの結論にたどり着いた。
 ……部屋が、ジャックされた。
 そうとしか考えられない。何者かが、部屋に鍵をかけずに出た俺と入れ替わるように部屋へと入り、そして鍵をかけ、乗っ取ったのだ。
 持ち主である俺を、パンツ一丁で締め出す形で。
「あのォ! ここ僕の部屋なんですけどォ! 部屋、間違えてませんかァ!」
 もしかするとこの部屋ジャック犯は朝10時から飲んだくれている酔っ払いであり、部屋の判別がつかなくてうっかり俺の部屋に入ってしまい鍵をかけたのかもしれぬ。そう考え俺は大声を発してドアをドンドンと叩いた。
「ふふ。困っているな」
 しかし、返ってきたのは意外なことに呂律の回らない酒飲みのセリフではなかった。ああ話が通じる相手だぞ良かったと安堵したが、よくよく考えると意識がはっきりしているくせに俺の部屋に入って鍵をかけているというのは、酔っ払いよりもタチが悪いのではないかと思い直して、少し身構えた。
「誰だテメェは! ここは俺の部屋だぞ! さっさと鍵を開けて出てきやがれ! そして俺をクーラーの効いた部屋に入れさせろ! 廊下あっついんだよ!」
「誰だ、とは心外だな。聞き覚えがないか? この俺の声が?」
 俺はしばし記憶を辿って考えた。
 ……。
 …………。
 …………………。
「………………………誰だ?」
 しかしわからんものはわからんのである。俺はドア越しに部屋ジャック犯がズッコケる音を聞いた気がした。
「俺だ! 隣に住んでいる横井だ! 今まで何度か顔を合わせたこともあるだろうが!」
 隣の横井……。ああ、毎晩毎晩なにかしらの歌を熱唱していてうるせぇあいつか。
「どうしてこんなことをする。理由はなんだ」
 俺が至極もっともな疑問を横井のクソ野郎に投げかけると、ヤツは心の古傷をそっといたわるような口調でなにかを思い出すように語った。
「あれはつい先週のことだ……。俺は深夜まで続いたバイトを終え、這々の体でやっとこさ寮へと帰り着いた。キッツイ業務を押し付けられ正社員にはいびられ、身も心もボロボロだった俺だが、たった一つの希望があった。それは、共用の冷蔵庫に大事にとっておいたプリンだ。あの魅惑のスイーツが、荒みきった俺を癒してくれる、そう信じてバイトの苦痛に耐えたのだ。しかし! しかしだ! いざ帰り、冷蔵庫を開けると、俺のプリンはどこにもなかった! 俺は中に入っている野菜が傷むのも厭わず冷蔵庫中を探した。それでもなかったんだ。俺はここで悟った。誰か、このフロアにいる薄汚いコソドロ野郎が食ったのだと。俺は悪鬼の形相でコソドロの手がかりを得ようとフロアのゴミ箱を漁った。俺のプリンの残骸は、他のゴミと共にレジ袋に詰められ捨てられていた。運の良いことに、その中には配達便の受領書がぐしゃぐしゃになって捨てられていてな、そこで俺はコソドロ野郎の名を知ることができたのだ。……そう、貴様の名をなぁ! 犯人を特定した後はチャンスをうかがい続け、こうして貴様の部屋を乗っ取ることに成功したのだ!」
 要約。プリンを勝手に食われたから復讐してやる。
「たかがプリンくらいでずいぶん思い切った行動をするなぁ」
 俺がクソ暑い廊下でうんざりした返答を送ると、横井はさらに温度を上げるような勢いで憤り始めた。
「黙れコソドロ野郎が! あれは期間限定でもう売っていないものだったんだ! あれを味わうためには、最低でもあと1年は待たねばならぬ。それに、同じ味が発売されるという保証はどこにもない……! わかるか、貴様がどれだけ罪深い行いをしたということが!」
 確かに、俺は冷蔵庫に入っていた横井のプリンを食った。あの時は、ちょっと小腹が空いたが外に買いに行くのは面倒だなぁと思っていたところだったのだが……。
「でもなぁ、あれ、賞味期限過ぎてたぞ。寮の冷蔵庫規定は知っているな?『賞味期限切れのものは速やかに処分すること』。俺はその規定に従って、このままでは他の食材に影響を及ぼしかねないプリンを排除したまでだが? まぁ、食べ物を粗末に扱うのは俺の主義に反するから、ちゃんと味わって食べたけどな。俺は賞味期限とかあまり気にしないし」
「俺だって気にせんわ! 大体、この寮に住むような人間に、今更賞味期限などを気にするナイーブなやつがいると思うか?」
「まぁ、思わないな」
「貴様は、それをわかって食ったのだ! 許せん! 人のものを勝手に食うコソドロ野郎め! 貴様のような人の痛みをわからん人間がいるから、公共の傘立ては迂闊に使えないし、自転車には二重に鍵をかけなくてはならないし、万引きが相次ぎスーパーは潰れ、転売されるせいで純粋な消費者に品物は行き届かず、果ては少子高齢化にまで……」
 ヒートアップしすぎて話が飛躍しまくっているな。どうしてクーラーの効かせた部屋にいるあいつが熱くなり、クソ暑い廊下にいる俺が冷静なのだろうか。温度と感情には反比例する法則でもあるのか。文系なのでよくわからん。
「とにかく、俺は貴様の部屋を乗っ取った。これから先、復讐の限りを尽くしてやる! トイレにティッシュを流して詰まらせてやろうか。部屋のレイアウトをおかしな風に変えてやろうか。ファイリングしてあるレジュメの順番を全部バラバラにしてやろうか。エロ本のページを破り、向かいの女子寮に見えるように窓に貼ってやろうか!」
「やめろ! 管理人を呼ぶぞ!」
「ふっ。呼べるものなら呼んでみろ。貴様は今、裸一貫がちょっとマシになった程度の格好ではないか。携帯だってこちらにある。どうやって屋外に、しかも三百メートルは離れている管理人室まで行く気だ? 確実に通報の憂き目に遭うぞ」
 俺は自分の格好を今一度見た。所持品は、くたびれたトランクス、洗濯カゴ、サンダル。確かに、これで屋外に出ようものなら確実に捕まる。
「それにだ、俺がフロアリーダーとして住人と親睦を深めているのとは対照的に、貴様は誰とも関わらず、ひたすら自分の部屋にこもっているだけの存在だ。服を貸してくれと、他の住人に頼むこともできまい」
 確かにそうだ。俺は基本的に寮の住人とは関わろうとしない。そしていきなり近隣のドアをドンドンと叩き、状況を説明して服を貸してくれと言える自信も勇気もない。というか俺の逆隣の奴は毎朝毎晩神へのお祈りを隣の俺にも届けてくれるアラビア人の留学生だ。そもそも言語が通じない。
「さらに!」
 まだ追い討ちをかける気か。
「貴様と俺の部屋は、知っての通りベランダが繋がっている。万が一、貴様がなんらかの手段で管理人を呼べたとしても、俺はベランダから自分の部屋に帰ればいいだけ。そうすれば、鍵を開けられようが俺が貴様の部屋をジャックしたという証拠は残らない。貴様がいくら主張したとて、俺がシラを切ればいたちごっこだ。貴様は管理人に、鍵を失くした挙句にとんでもない大嘘までつくクソバカ野郎として呆れられるだけだ!」
 なんてこったい。こいつ、そこまで考えてやがるのか。ただのアホかと思いきや、しっかり物事を考えるアホであったか。
「さて、お喋りは終わりだ。今から俺は貴様への復讐を実行する。まずは手始めに、貴様の書物のページ一つ一つに折り目をつけることから始めてやろう……。貴様はそこで指を咥えて見ているがいい」
 横井は高笑いをしながらドアを離れていったようだ。声が遠くなっていく。
 さてさて、大変なことになったぞ。このままでは俺の部屋は横井によってジャックされたまま、警察に通報するには馬鹿らしく、ギリギリ犯罪にならない程度の嫌がらせを受ける羽目になってしまう。
 となると、解決の方法は、俺自信の手でなんとか横井の野郎を部屋から追い出すしかないだろう。あくまで俺とあいつで決着をつけるのだ。
 そうと決まると今の装備ではどうしようもあるまい。俺はキッチンに駆け込み、なにか使えそうなものはないかと探った。俺自身が持つ調理器具はというと、角煮を作って以来焦げ付いてしまった鍋と、新品同様のフライパンと、百均で買った包丁と、あとは醤油と洗剤くらいで、役に立ちそうなものはなにもない。これらを組み合わせた仮装をして、季節外れのトリックオアトリートを実行しても、相手にされないのは目に見えている。横井のものも探って見たが、似たりよったりだ。
 チクショウと嘆きながら、俺は醤油と横井のサラダ油を手に携え、再び部屋の前まで舞い戻った。ドアに耳を当てるが、なにも聞こえん。本当にあいつ、本に折り目をつけるというひたすらに地味な復讐を行っているのか。
 自分の部屋のドアを開けようとする。わかってはいたが、やはり鍵がかかっている。隣の横井の部屋のドアも開けようとしてみる。やはり、鍵はかかっている。
「くそが」
 やられっぱなしというのも性に合わん。せめてもの復讐として、俺はドアの隙間から横井の部屋に醤油という醤油を流し込み、ドアノブにはサラダ油をしこたま塗ってオイリーに仕立て上げた。
 いくぶんスッキリした気分になったところで、さてどうしようか、と、俺は腕を組んで解決策を考える。
 全身全霊の土下座、一度野外へ出てアクロバティックにベランダから侵入、煙を焚いていぶす、横井の部屋のドアをぶち破ってこちらも部屋をジャック、最後の砦であるパンツをも脱いで踊りまくっておびき出すアメノウズメ式ストリップ作戦……しかしこれでは出てこられた方がむしろ困るような……。
 暑さのせいで段々と発想が無謀かつアホなものへと移行していく。俺は「ああ!」と叫んで頭を掻いた。どうしてこんなことに頭を使わねばならぬ。
 夏休み、夏休みだ。本来ならば俺は今日、外に出るのも億劫だから、クーラーをガンガンに効かせた部屋で優雅に時を刻もうと考えていたのだ。それがどうして、こんな風通しが悪くて蒸し暑い廊下でパンツ一丁で立ち尽くさねばならんのだ!
 横井の野郎は今、俺の電気代で悠々とクーラーつけて涼んでやがるというのに!
「……む」
 と、ここで俺、ある一計を思いつく。パタパタとサンダルを鳴らして廊下を走り、キッチンまで急いだ。アレがあるかどうか、確かめるためである。
 生ゴミの臭いが鼻を打つ、とても食べ物を扱うところとは思えない汚いキッチンまでたどり着いた。俺はニヤリと笑う。
 あった。


 俺はコソドロ野郎の部屋で黙々と漫画のページを折り続ける作業をしていた。
 復讐を行うとは言ったが、俺にも慈悲というものがある。パソコンを窓から放り投げたり、電化製品のコンセントをすべて断絶したり、保険証やキャッシュカードを切り刻んだり、汗まみれの半裸でベッドにゴロゴロ転がってやるなどという鬼畜の所業に踏み切れるほど、俺は理性を失ってはいなかった。
 というか、度が過ぎると俺が通報されかねない。ギリギリ悪ふざけとして認められる程度のものにしなくてはならないのだ。
 だからこうしてコソドロ野郎の書物の数々を分厚くする作業に取り掛かっているのだが、一つ折ってはプリンを食われたことの恨みを思い出していたために、俺の頭にはいつまで経っても怒りの炎が灯されていた。
 俺の脳内で行われるキャンプファイヤーは、怒りや恨みという燃料が次から次へと供給されていくために鎮火するどころかむしろどんどんヒートアップし、輪になってオクラホマミキサーを踊り続ける参加者を焼き尽くさんばかりの勢いにまで達した。それらの炎は概念的枠組みおよび物理的法則を完全に無視し、俺の頭を介して周囲の温度を上げ続け――
「つーか暑っ!」
 なんだこれは。気のせいではないぞ。俺の肥大した妄想が体感的に温度を上昇させているのかと思いきや、本当に室温が上がっている。
 俺はエアコンのリモコンを見た。現在、室温、24度。
「なにぃっ!」
 おかしい。俺は地球温暖化など意にも介さず16度設定でエアコンを稼働させていたはずだ。どうして室温が上がっている?
「気づいたか?」
 ドアの向こうから聞こえたるはコソドロ野郎の声だ。
「そろそろ室温が外気の気温に近づき始めた頃だろう。どうだ? 暑くなってきたか? 言っとくが、廊下はもっと暑いんだからなコンチクショウ!」
「貴様、一体なにをした?」
 汗を掻いているのは、上がり始めた室温のせいばかりではない。コソドロ野郎は、ドアの向こうでふっと笑って答えた。
「部屋のブレーカーを、落とした」
 はっとして俺はコソドロ野郎の部屋を見渡す。そう言われれば、コンセントから電気供給を受けている電化製品のことごとくが、動作を停止していた。蛍光灯のスイッチをカチカチと押しても、明かりは一向に灯らない。
 電気が、すべて遮断されている!
「ホントこの寮には不満しか感じないが、今だけは感謝してやってもいいぜ! こうしてテメェを苦しめることができるからなぁ!」
 まずい。これはまずいぞ。一気に形勢が不利になった。
「ブレーカーは、部屋を出なければ戻すことはできねぇ! さぁ、文明の利器を再び使いたくば、さっさと観念して出てきやがれ!」
 ちぃっ、と俺は舌打ちをした。この寮に住む人間であるならば、部屋の風通りの悪さは身に染みて知っている。窓を全開にしても風一つ吹くまい。果たして俺はエアコンなしのこの空間に、どれだけ耐えられるだろうか。
「無論テメェの部屋のブレーカーも落としておいた! 大人しく負けを認めて出てこーい! 熱中症は危険だぞー」
 南無三。もはやこれまでか。
 だが、
「俺は最後まで諦めんぞ! 俺の気力体力が続く限り、貴様の本に折り目をつけ続けてやる! 俺の最後の生き様、よく見ておけ!」
「正気か? 電気の絶えたこの独房に居続けるなど、阿呆の所業としか思えん」
「阿呆で結構! 幸いにもこの寮の床は囚人もびっくりのコンクリート仕立てだ。以外にひんやりしていて気持ちがいい。俺は、コンクリートの可能性を最後まで信じる!」
「ふむ。敵ながら天晴れな奴よ。いいだろう、俺も、最後までこの争いに付き合ってやる!」
 俺たちは、互いに笑っているような気がした。
 こうして、意地と恥のぶつかり合い、果てしなく不毛な夏の陣の火蓋は切って落とされた。


 今思うと、あれがピークだったな。
 俺は水風呂に浸かりながら思った。
 あの時はなんとなく深夜テンションに似た感じで、無意味に楽しかったが……こうして冷静になると、自分たちの馬鹿らしさに溜息しか出ない。
 諸行無常、盛者必衰がこの世の理。たけき者もついには滅び、上がったテンションもいつかは下がる。俺はすっかり頭を冷まし、「横井のクソ野郎さっさと出ろよ」と恨み節を唱えていた。
 洗濯したての湿ったタオルで体を拭く。生乾きどころではないほど濡れた服を身にまとい、原始的クーラーで暑さに耐える。風呂場を出て、部屋の前まで戻ると、横井が俺の部屋から這い出していた。貞子か、お前は。やっと出てきやがって。
 俺が濡れタオルを横井に投げつけてやると、奴はよろよろと俺の方を見上げた。
「お……俺の負けだ。見事だ。よくパンツ一丁の絶望的状況から、ここまで態勢をひっくり返した。お前こそ現代に生きる策士――」
「いやもう、そういうのいいから、さっさと出ろ」
 俺は横井を部屋から蹴り出す。キッチンまで行き、二つの部屋のブレーカーを再び上げて、部屋まで戻る。横井はよろよろと油まみれでヌルヌルのドアノブに手を伸ばし、「うわっ……」という声を漏らしたが、反撃する気力もないようで、そのまま部屋に入った。果たして部屋にぶちまけられた醤油にはどんなリアクションをしているのか。
 俺は洗濯物も干さずに、濡れた服を着替えてベッドに倒れこんだ。クーラーを27度設定にして、ぱたりと力尽きる。
 

 今回の騒動は、このようにダランとした結末を迎えた。
 結局俺は管理人には横井の悪行を報告せず、また横井も然りであった。俺たちは変わらずベランダを共有する隣人同士であり続けた。
 しかし、この事件を通して、俺と横井がお互いの過ちを許し合って固く握手を交わしたと思われては心外である。
 俺は今回の事件の復讐として、ベランダに干してあった横井の下着をすべて白ブリーフに交換してやったし、横井は横井で夜な夜な俺の部屋に向かってお経を流し続けた。対抗して郵便受けに怪文書を入れてやると、次の日には自転車に補助輪がつけられていた。
 復讐の後には報復を、仕返しの後には敵討ち。車輪は回るよどこまでも。
 俺たちの不毛な争いは、まだ始まったばかりである。

 

 

借りぐらしのアラウンドサーティ

借りぐらしのアラウンドサーティ

                      

「さて、今日は何をしようか」

 部屋の中でわたしはつぶやく。無論、部屋の中にはわたし以外誰もいるはずがない。単にわたしの独り言だ。

 昨日は何をしたんだっけと思い出そうとして、部屋の真ん中でぐるぐる回りながら記憶の断片をたどる。

 そういえば頭が痛いぞ。

 ああ、思い出した。棚にあったウイスキーを水で薄めてちびちび舐めながら、テレビを見て一日を潰したんだったか。

 では今日は? 酒は気分的にもういいから、何か別のことをしたい気分。

 本棚に目をやる。ぎゅうぎゅうに押し込まれた書物の数々がわたしの興味をそそった。

「久しぶりに読書でもしますかね」

 その日はひたすら棚にある純文学の数々を読みふけって、終わった。

 

 

「さて、今日は何をしようか」

 部屋の中でわたしはつぶやく。今日は聞き手がいるので独身女の寂しい独り言ではない。

 喉をゴロゴロ鳴らす猫が、窓のそばで昼寝をしていたのだ。いい暇つぶし相手ができたと内心ウッキウキである。わたしは小躍りしながら近寄った。

「ヘイ猫。かむおん」

 赤い首輪がチャーミングな子猫をぺちぺち叩き、心地よい眠りからグッバイさせる。不機嫌そうだが知ったことか。余の暇つぶしに付き合うがよい。

「♯*〻\△≠‾%〜〜〜〜〜」

 言語化できない&したくない小っ恥ずかしい猫語を喉の奥からひり出して、子猫との対話を試みる。

 わたしは「いっしょに遊ぼう」という旨の発言をしたつもりだったが、発音が悪かったらしく、猫語で失礼にあたる言葉を発してしまったようだ。不機嫌を増した猫が渾身のツメトギスラッシュを仕掛けてきた。

 救急箱はどこだ!

 

 

「ああ、今日は何もしたくない」

 時々、こういった思いに襲われることがある。

 二十八歳。職ナシ。金ナシ。家族ナシ。

 独りぼっちの干物女。毎日一日中貝のように部屋にこもり、なんとかして時間を潰そうと努力する。

 本当にこんな生活を続けていていいのかっていう、底知れぬ不安がわたしを襲う。

 普通は、わたしくらいの歳になると、もう、良い旦那さんを見つけたりして、子供もできて、幸せな家庭を築いているんじゃないだろうか。

 いい加減、こんな生活から抜け出して、定職にでも就いて、そこで社内恋愛を発展させ、プロポーズされ、家庭に入り、ひたすら家事をして良妻となったほうがいいんじゃないのか。

「うぅ……」

 ああ、ダメだ。今日はもうダメだ。何もする気が起きない。酒でも飲もう。そして全てを忘れよう。

 わたしは冷蔵庫を漁ってみた。酒はなかった。チクショウめ。みりんでなんとかしてやる。

 

 

 

「さて、今日は外へ出るぞ」

 部屋の中でわたしは宣言した。今日ギャラリーはない。

 言っておくけども、わたしは別に世の中に恐れおののいている引きこもりではない。

 その気になれば繁華街だって歩けるし、一日一回はちょろっと外へ出ている。わたしが積極的に外へ出ないのは、ただ部屋の中の居心地が良いからだ。

 しかし今日は、外へ、しかも長期の遠征が必要となった。突発的に、お菓子が食べたくなったのだ。こういう時、決まって棚にはお菓子がない。

 わたしはクローゼットを漁って適当な上着を羽織って、そこらへんに置いてあった小銭入れを片手に部屋を出る。

「うふふふふ」

 部屋に戻ると、大きなマスクの下は笑みであふれていた。

 店員がいい感じのイケメンだったのだ。思わず普段飲みもしない美容ドリンクを買ってしまったが、悔いはない。

 ある日、部屋に入ると、タイプのイケメンがソファでくつろいでいるという場面を想像し、体が震えた。

 

 

 

(さて、今日は、このまま待機かな?)

 部屋の中、さらに押入れの中で、わたしは思う。

 二十二世紀から来た青い猫型ロボットごっこだ。

 ガラクタたちに囲まれて、暗い押入れの中で体を丸めていると、幼少期の記憶がよみがえる。

 押入れの思い出。

 小さい頃はいたずらっ子だったから、よくこうして母親に閉じ込められていたっけ。

「もうしないから許して」って、喉がガラガラになるまで泣き叫んだ記憶がある。

 大人になった今でも、押入れの中に入るのは、ちょっと怖いのに、小さい頃ならなおさらだろう。小さきわたしが全身全霊で泣き叫んだのもむべなるかな。そして残虐非道なり、我が母よ。

 そんなことを考えながら時の流れを加速させていると、部屋の静寂が押入れの中にも伝わってきた。

「……よし」

 そろそろいいかと思って、わたしは押入れから出た。うーん、光がまぶしい。

 それじゃ、次はどんなことして遊ぼうか?

 

 

 

「……」

 きちんと最初、部屋に来た時の光景を思い出し、わたしはその通りに部屋を片付けた。

 コタツの近くにはクッションが、こんな感じで投げ出されていましたね。ベッドのシーツはぐしゃぐしゃでした。わたしが出したゴミは、ゴミ袋の下に埋めるように隠してしまいましょ。うん。これでバッチリ。

 次の部屋への調査はすでに済んでいる。ここの部屋のお隣さんは、無用心にも、ベランダに鍵をしていない。そこから侵入すれば、簡単さ。

 わたしは今一度、部屋を見渡した。いつだって、部屋を去る時は、ちょっと寂しい。わずかしか滞在しなかった部屋とはいえ、ちょっとは思い出があるのだ。

 この部屋は、ゲーム関係が充実していたなぁ。真面目な学生さんの部屋なのかしら、お酒類が一切なくて、そこはちょっと物足りなかったけど、十分楽しかった。

「さて、じゃあ、そろそろ、ばいばい」

 部屋の中でわたしはつぶやく。

 

 

 わたしが空き巣のスキルを身につけ、もう何年も経った。

 家主の隙をついて部屋へと忍び込み、そこでわずかばかりの滞在をする。

 部屋を荒らしたりはしませんよ。ただ、その日の食料の確保と、暇をつぶすことさえできればそれで十分なんですから。

 ちょっと、お金ももらうかも。

 そろそろ、足を洗って、お嫁さんにでもなろうかなって考えながら、でもやっぱり今日も今日とて人のお宅に勝手にお邪魔をしてしまう。

 迷惑かしら?

 迷惑でしょうね。

 まぁ、座敷わらし的なものだと思って、我慢してくださいな。別に福をもたらしたりはしませんけども。

 行き着く先はいくらでもある都会の中で、あちこちを回る渡り鳥。

 そんなわたしの名前は、自分でつけたが人呼んで、借りぐらしのアラウンドサーティ。