にわとりごや

継続は力なり

借りぐらしのアラウンドサーティ

借りぐらしのアラウンドサーティ

                      

「さて、今日は何をしようか」

 部屋の中でわたしはつぶやく。無論、部屋の中にはわたし以外誰もいるはずがない。単にわたしの独り言だ。

 昨日は何をしたんだっけと思い出そうとして、部屋の真ん中でぐるぐる回りながら記憶の断片をたどる。

 そういえば頭が痛いぞ。

 ああ、思い出した。棚にあったウイスキーを水で薄めてちびちび舐めながら、テレビを見て一日を潰したんだったか。

 では今日は? 酒は気分的にもういいから、何か別のことをしたい気分。

 本棚に目をやる。ぎゅうぎゅうに押し込まれた書物の数々がわたしの興味をそそった。

「久しぶりに読書でもしますかね」

 その日はひたすら棚にある純文学の数々を読みふけって、終わった。

 

 

「さて、今日は何をしようか」

 部屋の中でわたしはつぶやく。今日は聞き手がいるので独身女の寂しい独り言ではない。

 喉をゴロゴロ鳴らす猫が、窓のそばで昼寝をしていたのだ。いい暇つぶし相手ができたと内心ウッキウキである。わたしは小躍りしながら近寄った。

「ヘイ猫。かむおん」

 赤い首輪がチャーミングな子猫をぺちぺち叩き、心地よい眠りからグッバイさせる。不機嫌そうだが知ったことか。余の暇つぶしに付き合うがよい。

「♯*〻\△≠‾%〜〜〜〜〜」

 言語化できない&したくない小っ恥ずかしい猫語を喉の奥からひり出して、子猫との対話を試みる。

 わたしは「いっしょに遊ぼう」という旨の発言をしたつもりだったが、発音が悪かったらしく、猫語で失礼にあたる言葉を発してしまったようだ。不機嫌を増した猫が渾身のツメトギスラッシュを仕掛けてきた。

 救急箱はどこだ!

 

 

「ああ、今日は何もしたくない」

 時々、こういった思いに襲われることがある。

 二十八歳。職ナシ。金ナシ。家族ナシ。

 独りぼっちの干物女。毎日一日中貝のように部屋にこもり、なんとかして時間を潰そうと努力する。

 本当にこんな生活を続けていていいのかっていう、底知れぬ不安がわたしを襲う。

 普通は、わたしくらいの歳になると、もう、良い旦那さんを見つけたりして、子供もできて、幸せな家庭を築いているんじゃないだろうか。

 いい加減、こんな生活から抜け出して、定職にでも就いて、そこで社内恋愛を発展させ、プロポーズされ、家庭に入り、ひたすら家事をして良妻となったほうがいいんじゃないのか。

「うぅ……」

 ああ、ダメだ。今日はもうダメだ。何もする気が起きない。酒でも飲もう。そして全てを忘れよう。

 わたしは冷蔵庫を漁ってみた。酒はなかった。チクショウめ。みりんでなんとかしてやる。

 

 

 

「さて、今日は外へ出るぞ」

 部屋の中でわたしは宣言した。今日ギャラリーはない。

 言っておくけども、わたしは別に世の中に恐れおののいている引きこもりではない。

 その気になれば繁華街だって歩けるし、一日一回はちょろっと外へ出ている。わたしが積極的に外へ出ないのは、ただ部屋の中の居心地が良いからだ。

 しかし今日は、外へ、しかも長期の遠征が必要となった。突発的に、お菓子が食べたくなったのだ。こういう時、決まって棚にはお菓子がない。

 わたしはクローゼットを漁って適当な上着を羽織って、そこらへんに置いてあった小銭入れを片手に部屋を出る。

「うふふふふ」

 部屋に戻ると、大きなマスクの下は笑みであふれていた。

 店員がいい感じのイケメンだったのだ。思わず普段飲みもしない美容ドリンクを買ってしまったが、悔いはない。

 ある日、部屋に入ると、タイプのイケメンがソファでくつろいでいるという場面を想像し、体が震えた。

 

 

 

(さて、今日は、このまま待機かな?)

 部屋の中、さらに押入れの中で、わたしは思う。

 二十二世紀から来た青い猫型ロボットごっこだ。

 ガラクタたちに囲まれて、暗い押入れの中で体を丸めていると、幼少期の記憶がよみがえる。

 押入れの思い出。

 小さい頃はいたずらっ子だったから、よくこうして母親に閉じ込められていたっけ。

「もうしないから許して」って、喉がガラガラになるまで泣き叫んだ記憶がある。

 大人になった今でも、押入れの中に入るのは、ちょっと怖いのに、小さい頃ならなおさらだろう。小さきわたしが全身全霊で泣き叫んだのもむべなるかな。そして残虐非道なり、我が母よ。

 そんなことを考えながら時の流れを加速させていると、部屋の静寂が押入れの中にも伝わってきた。

「……よし」

 そろそろいいかと思って、わたしは押入れから出た。うーん、光がまぶしい。

 それじゃ、次はどんなことして遊ぼうか?

 

 

 

「……」

 きちんと最初、部屋に来た時の光景を思い出し、わたしはその通りに部屋を片付けた。

 コタツの近くにはクッションが、こんな感じで投げ出されていましたね。ベッドのシーツはぐしゃぐしゃでした。わたしが出したゴミは、ゴミ袋の下に埋めるように隠してしまいましょ。うん。これでバッチリ。

 次の部屋への調査はすでに済んでいる。ここの部屋のお隣さんは、無用心にも、ベランダに鍵をしていない。そこから侵入すれば、簡単さ。

 わたしは今一度、部屋を見渡した。いつだって、部屋を去る時は、ちょっと寂しい。わずかしか滞在しなかった部屋とはいえ、ちょっとは思い出があるのだ。

 この部屋は、ゲーム関係が充実していたなぁ。真面目な学生さんの部屋なのかしら、お酒類が一切なくて、そこはちょっと物足りなかったけど、十分楽しかった。

「さて、じゃあ、そろそろ、ばいばい」

 部屋の中でわたしはつぶやく。

 

 

 わたしが空き巣のスキルを身につけ、もう何年も経った。

 家主の隙をついて部屋へと忍び込み、そこでわずかばかりの滞在をする。

 部屋を荒らしたりはしませんよ。ただ、その日の食料の確保と、暇をつぶすことさえできればそれで十分なんですから。

 ちょっと、お金ももらうかも。

 そろそろ、足を洗って、お嫁さんにでもなろうかなって考えながら、でもやっぱり今日も今日とて人のお宅に勝手にお邪魔をしてしまう。

 迷惑かしら?

 迷惑でしょうね。

 まぁ、座敷わらし的なものだと思って、我慢してくださいな。別に福をもたらしたりはしませんけども。

 行き着く先はいくらでもある都会の中で、あちこちを回る渡り鳥。

 そんなわたしの名前は、自分でつけたが人呼んで、借りぐらしのアラウンドサーティ。