にわとりごや

継続は力なり

となりのコソドロ【短編小説】


 となりのコソドロ
              


 大学生で男子寮に住む者として、モラルに欠けるというのは常識である。
 土足厳禁だというのに土のついた靴で平気で入る、全面禁煙だというのに部屋でタバコ吹かして火災報知器を鳴らす、女人厳禁だというのに平気で女を連れ込む、深夜には大声で麻雀大会を開き、玄関の傘立てを利用しようものなら確実に次の日にはなくなる。
 安いからという理由でこの外観内装及び入居者の心が汚い寮にブチ込まれる羽目になった時は健全であった俺も、ここに入居し生活するうちに、一人前の非常識を身につけていた。
 だから朝シャワーを浴びた後、共用の風呂場を出る時はパンツ一丁である。その後に洗濯をしにこれまた同フロアにある共用の洗濯機に行く時もパンツ一丁である。夏場で暑い上に風呂上がりで体が火照っているから仕方あるまい。
 俺の部屋から一回百五十円で稼働する共用洗濯機までの距離は歩いて三十秒とかからない。それだけしかない距離のところへ歩いて行き、衣類を洗濯機に放り込んでスイッチを入れ、また帰ってくるというこの短い時間だけのために、わざわざ部屋に鍵をかけることなどしない。労力の無駄である。
 と思っていたら、手酷い一撃を喰らった。


 俺はいつものように五日分貯めた衣類と洗剤と二枚の硬貨を洗濯機に放り込み、空になった洗濯カゴを手に持って部屋へと歩いていた。暑い。早くクーラーの効かせた部屋へと戻りたい。
 そう思いながら部屋の前まで戻り、ドアノブを握って押すと、
「ん?」
 開かなかった。引いて、思い切り押す。ガンと音がするだけで一向に開かない。おっかしいなと思ってドアの隙間を覗くと、鍵がかかっていた。
「……んん?」
 いまいち状況が飲み込めない。ええと、俺は洗濯をするために部屋を出て、その時に鍵はかけていなかった。で、洗濯機を稼働させ、部屋に戻ると、今度は鍵がかかっていた……と。
 2分ばかり考えた挙句、俺は一つの結論にたどり着いた。
 ……部屋が、ジャックされた。
 そうとしか考えられない。何者かが、部屋に鍵をかけずに出た俺と入れ替わるように部屋へと入り、そして鍵をかけ、乗っ取ったのだ。
 持ち主である俺を、パンツ一丁で締め出す形で。
「あのォ! ここ僕の部屋なんですけどォ! 部屋、間違えてませんかァ!」
 もしかするとこの部屋ジャック犯は朝10時から飲んだくれている酔っ払いであり、部屋の判別がつかなくてうっかり俺の部屋に入ってしまい鍵をかけたのかもしれぬ。そう考え俺は大声を発してドアをドンドンと叩いた。
「ふふ。困っているな」
 しかし、返ってきたのは意外なことに呂律の回らない酒飲みのセリフではなかった。ああ話が通じる相手だぞ良かったと安堵したが、よくよく考えると意識がはっきりしているくせに俺の部屋に入って鍵をかけているというのは、酔っ払いよりもタチが悪いのではないかと思い直して、少し身構えた。
「誰だテメェは! ここは俺の部屋だぞ! さっさと鍵を開けて出てきやがれ! そして俺をクーラーの効いた部屋に入れさせろ! 廊下あっついんだよ!」
「誰だ、とは心外だな。聞き覚えがないか? この俺の声が?」
 俺はしばし記憶を辿って考えた。
 ……。
 …………。
 …………………。
「………………………誰だ?」
 しかしわからんものはわからんのである。俺はドア越しに部屋ジャック犯がズッコケる音を聞いた気がした。
「俺だ! 隣に住んでいる横井だ! 今まで何度か顔を合わせたこともあるだろうが!」
 隣の横井……。ああ、毎晩毎晩なにかしらの歌を熱唱していてうるせぇあいつか。
「どうしてこんなことをする。理由はなんだ」
 俺が至極もっともな疑問を横井のクソ野郎に投げかけると、ヤツは心の古傷をそっといたわるような口調でなにかを思い出すように語った。
「あれはつい先週のことだ……。俺は深夜まで続いたバイトを終え、這々の体でやっとこさ寮へと帰り着いた。キッツイ業務を押し付けられ正社員にはいびられ、身も心もボロボロだった俺だが、たった一つの希望があった。それは、共用の冷蔵庫に大事にとっておいたプリンだ。あの魅惑のスイーツが、荒みきった俺を癒してくれる、そう信じてバイトの苦痛に耐えたのだ。しかし! しかしだ! いざ帰り、冷蔵庫を開けると、俺のプリンはどこにもなかった! 俺は中に入っている野菜が傷むのも厭わず冷蔵庫中を探した。それでもなかったんだ。俺はここで悟った。誰か、このフロアにいる薄汚いコソドロ野郎が食ったのだと。俺は悪鬼の形相でコソドロの手がかりを得ようとフロアのゴミ箱を漁った。俺のプリンの残骸は、他のゴミと共にレジ袋に詰められ捨てられていた。運の良いことに、その中には配達便の受領書がぐしゃぐしゃになって捨てられていてな、そこで俺はコソドロ野郎の名を知ることができたのだ。……そう、貴様の名をなぁ! 犯人を特定した後はチャンスをうかがい続け、こうして貴様の部屋を乗っ取ることに成功したのだ!」
 要約。プリンを勝手に食われたから復讐してやる。
「たかがプリンくらいでずいぶん思い切った行動をするなぁ」
 俺がクソ暑い廊下でうんざりした返答を送ると、横井はさらに温度を上げるような勢いで憤り始めた。
「黙れコソドロ野郎が! あれは期間限定でもう売っていないものだったんだ! あれを味わうためには、最低でもあと1年は待たねばならぬ。それに、同じ味が発売されるという保証はどこにもない……! わかるか、貴様がどれだけ罪深い行いをしたということが!」
 確かに、俺は冷蔵庫に入っていた横井のプリンを食った。あの時は、ちょっと小腹が空いたが外に買いに行くのは面倒だなぁと思っていたところだったのだが……。
「でもなぁ、あれ、賞味期限過ぎてたぞ。寮の冷蔵庫規定は知っているな?『賞味期限切れのものは速やかに処分すること』。俺はその規定に従って、このままでは他の食材に影響を及ぼしかねないプリンを排除したまでだが? まぁ、食べ物を粗末に扱うのは俺の主義に反するから、ちゃんと味わって食べたけどな。俺は賞味期限とかあまり気にしないし」
「俺だって気にせんわ! 大体、この寮に住むような人間に、今更賞味期限などを気にするナイーブなやつがいると思うか?」
「まぁ、思わないな」
「貴様は、それをわかって食ったのだ! 許せん! 人のものを勝手に食うコソドロ野郎め! 貴様のような人の痛みをわからん人間がいるから、公共の傘立ては迂闊に使えないし、自転車には二重に鍵をかけなくてはならないし、万引きが相次ぎスーパーは潰れ、転売されるせいで純粋な消費者に品物は行き届かず、果ては少子高齢化にまで……」
 ヒートアップしすぎて話が飛躍しまくっているな。どうしてクーラーの効かせた部屋にいるあいつが熱くなり、クソ暑い廊下にいる俺が冷静なのだろうか。温度と感情には反比例する法則でもあるのか。文系なのでよくわからん。
「とにかく、俺は貴様の部屋を乗っ取った。これから先、復讐の限りを尽くしてやる! トイレにティッシュを流して詰まらせてやろうか。部屋のレイアウトをおかしな風に変えてやろうか。ファイリングしてあるレジュメの順番を全部バラバラにしてやろうか。エロ本のページを破り、向かいの女子寮に見えるように窓に貼ってやろうか!」
「やめろ! 管理人を呼ぶぞ!」
「ふっ。呼べるものなら呼んでみろ。貴様は今、裸一貫がちょっとマシになった程度の格好ではないか。携帯だってこちらにある。どうやって屋外に、しかも三百メートルは離れている管理人室まで行く気だ? 確実に通報の憂き目に遭うぞ」
 俺は自分の格好を今一度見た。所持品は、くたびれたトランクス、洗濯カゴ、サンダル。確かに、これで屋外に出ようものなら確実に捕まる。
「それにだ、俺がフロアリーダーとして住人と親睦を深めているのとは対照的に、貴様は誰とも関わらず、ひたすら自分の部屋にこもっているだけの存在だ。服を貸してくれと、他の住人に頼むこともできまい」
 確かにそうだ。俺は基本的に寮の住人とは関わろうとしない。そしていきなり近隣のドアをドンドンと叩き、状況を説明して服を貸してくれと言える自信も勇気もない。というか俺の逆隣の奴は毎朝毎晩神へのお祈りを隣の俺にも届けてくれるアラビア人の留学生だ。そもそも言語が通じない。
「さらに!」
 まだ追い討ちをかける気か。
「貴様と俺の部屋は、知っての通りベランダが繋がっている。万が一、貴様がなんらかの手段で管理人を呼べたとしても、俺はベランダから自分の部屋に帰ればいいだけ。そうすれば、鍵を開けられようが俺が貴様の部屋をジャックしたという証拠は残らない。貴様がいくら主張したとて、俺がシラを切ればいたちごっこだ。貴様は管理人に、鍵を失くした挙句にとんでもない大嘘までつくクソバカ野郎として呆れられるだけだ!」
 なんてこったい。こいつ、そこまで考えてやがるのか。ただのアホかと思いきや、しっかり物事を考えるアホであったか。
「さて、お喋りは終わりだ。今から俺は貴様への復讐を実行する。まずは手始めに、貴様の書物のページ一つ一つに折り目をつけることから始めてやろう……。貴様はそこで指を咥えて見ているがいい」
 横井は高笑いをしながらドアを離れていったようだ。声が遠くなっていく。
 さてさて、大変なことになったぞ。このままでは俺の部屋は横井によってジャックされたまま、警察に通報するには馬鹿らしく、ギリギリ犯罪にならない程度の嫌がらせを受ける羽目になってしまう。
 となると、解決の方法は、俺自信の手でなんとか横井の野郎を部屋から追い出すしかないだろう。あくまで俺とあいつで決着をつけるのだ。
 そうと決まると今の装備ではどうしようもあるまい。俺はキッチンに駆け込み、なにか使えそうなものはないかと探った。俺自身が持つ調理器具はというと、角煮を作って以来焦げ付いてしまった鍋と、新品同様のフライパンと、百均で買った包丁と、あとは醤油と洗剤くらいで、役に立ちそうなものはなにもない。これらを組み合わせた仮装をして、季節外れのトリックオアトリートを実行しても、相手にされないのは目に見えている。横井のものも探って見たが、似たりよったりだ。
 チクショウと嘆きながら、俺は醤油と横井のサラダ油を手に携え、再び部屋の前まで舞い戻った。ドアに耳を当てるが、なにも聞こえん。本当にあいつ、本に折り目をつけるというひたすらに地味な復讐を行っているのか。
 自分の部屋のドアを開けようとする。わかってはいたが、やはり鍵がかかっている。隣の横井の部屋のドアも開けようとしてみる。やはり、鍵はかかっている。
「くそが」
 やられっぱなしというのも性に合わん。せめてもの復讐として、俺はドアの隙間から横井の部屋に醤油という醤油を流し込み、ドアノブにはサラダ油をしこたま塗ってオイリーに仕立て上げた。
 いくぶんスッキリした気分になったところで、さてどうしようか、と、俺は腕を組んで解決策を考える。
 全身全霊の土下座、一度野外へ出てアクロバティックにベランダから侵入、煙を焚いていぶす、横井の部屋のドアをぶち破ってこちらも部屋をジャック、最後の砦であるパンツをも脱いで踊りまくっておびき出すアメノウズメ式ストリップ作戦……しかしこれでは出てこられた方がむしろ困るような……。
 暑さのせいで段々と発想が無謀かつアホなものへと移行していく。俺は「ああ!」と叫んで頭を掻いた。どうしてこんなことに頭を使わねばならぬ。
 夏休み、夏休みだ。本来ならば俺は今日、外に出るのも億劫だから、クーラーをガンガンに効かせた部屋で優雅に時を刻もうと考えていたのだ。それがどうして、こんな風通しが悪くて蒸し暑い廊下でパンツ一丁で立ち尽くさねばならんのだ!
 横井の野郎は今、俺の電気代で悠々とクーラーつけて涼んでやがるというのに!
「……む」
 と、ここで俺、ある一計を思いつく。パタパタとサンダルを鳴らして廊下を走り、キッチンまで急いだ。アレがあるかどうか、確かめるためである。
 生ゴミの臭いが鼻を打つ、とても食べ物を扱うところとは思えない汚いキッチンまでたどり着いた。俺はニヤリと笑う。
 あった。


 俺はコソドロ野郎の部屋で黙々と漫画のページを折り続ける作業をしていた。
 復讐を行うとは言ったが、俺にも慈悲というものがある。パソコンを窓から放り投げたり、電化製品のコンセントをすべて断絶したり、保険証やキャッシュカードを切り刻んだり、汗まみれの半裸でベッドにゴロゴロ転がってやるなどという鬼畜の所業に踏み切れるほど、俺は理性を失ってはいなかった。
 というか、度が過ぎると俺が通報されかねない。ギリギリ悪ふざけとして認められる程度のものにしなくてはならないのだ。
 だからこうしてコソドロ野郎の書物の数々を分厚くする作業に取り掛かっているのだが、一つ折ってはプリンを食われたことの恨みを思い出していたために、俺の頭にはいつまで経っても怒りの炎が灯されていた。
 俺の脳内で行われるキャンプファイヤーは、怒りや恨みという燃料が次から次へと供給されていくために鎮火するどころかむしろどんどんヒートアップし、輪になってオクラホマミキサーを踊り続ける参加者を焼き尽くさんばかりの勢いにまで達した。それらの炎は概念的枠組みおよび物理的法則を完全に無視し、俺の頭を介して周囲の温度を上げ続け――
「つーか暑っ!」
 なんだこれは。気のせいではないぞ。俺の肥大した妄想が体感的に温度を上昇させているのかと思いきや、本当に室温が上がっている。
 俺はエアコンのリモコンを見た。現在、室温、24度。
「なにぃっ!」
 おかしい。俺は地球温暖化など意にも介さず16度設定でエアコンを稼働させていたはずだ。どうして室温が上がっている?
「気づいたか?」
 ドアの向こうから聞こえたるはコソドロ野郎の声だ。
「そろそろ室温が外気の気温に近づき始めた頃だろう。どうだ? 暑くなってきたか? 言っとくが、廊下はもっと暑いんだからなコンチクショウ!」
「貴様、一体なにをした?」
 汗を掻いているのは、上がり始めた室温のせいばかりではない。コソドロ野郎は、ドアの向こうでふっと笑って答えた。
「部屋のブレーカーを、落とした」
 はっとして俺はコソドロ野郎の部屋を見渡す。そう言われれば、コンセントから電気供給を受けている電化製品のことごとくが、動作を停止していた。蛍光灯のスイッチをカチカチと押しても、明かりは一向に灯らない。
 電気が、すべて遮断されている!
「ホントこの寮には不満しか感じないが、今だけは感謝してやってもいいぜ! こうしてテメェを苦しめることができるからなぁ!」
 まずい。これはまずいぞ。一気に形勢が不利になった。
「ブレーカーは、部屋を出なければ戻すことはできねぇ! さぁ、文明の利器を再び使いたくば、さっさと観念して出てきやがれ!」
 ちぃっ、と俺は舌打ちをした。この寮に住む人間であるならば、部屋の風通りの悪さは身に染みて知っている。窓を全開にしても風一つ吹くまい。果たして俺はエアコンなしのこの空間に、どれだけ耐えられるだろうか。
「無論テメェの部屋のブレーカーも落としておいた! 大人しく負けを認めて出てこーい! 熱中症は危険だぞー」
 南無三。もはやこれまでか。
 だが、
「俺は最後まで諦めんぞ! 俺の気力体力が続く限り、貴様の本に折り目をつけ続けてやる! 俺の最後の生き様、よく見ておけ!」
「正気か? 電気の絶えたこの独房に居続けるなど、阿呆の所業としか思えん」
「阿呆で結構! 幸いにもこの寮の床は囚人もびっくりのコンクリート仕立てだ。以外にひんやりしていて気持ちがいい。俺は、コンクリートの可能性を最後まで信じる!」
「ふむ。敵ながら天晴れな奴よ。いいだろう、俺も、最後までこの争いに付き合ってやる!」
 俺たちは、互いに笑っているような気がした。
 こうして、意地と恥のぶつかり合い、果てしなく不毛な夏の陣の火蓋は切って落とされた。


 今思うと、あれがピークだったな。
 俺は水風呂に浸かりながら思った。
 あの時はなんとなく深夜テンションに似た感じで、無意味に楽しかったが……こうして冷静になると、自分たちの馬鹿らしさに溜息しか出ない。
 諸行無常、盛者必衰がこの世の理。たけき者もついには滅び、上がったテンションもいつかは下がる。俺はすっかり頭を冷まし、「横井のクソ野郎さっさと出ろよ」と恨み節を唱えていた。
 洗濯したての湿ったタオルで体を拭く。生乾きどころではないほど濡れた服を身にまとい、原始的クーラーで暑さに耐える。風呂場を出て、部屋の前まで戻ると、横井が俺の部屋から這い出していた。貞子か、お前は。やっと出てきやがって。
 俺が濡れタオルを横井に投げつけてやると、奴はよろよろと俺の方を見上げた。
「お……俺の負けだ。見事だ。よくパンツ一丁の絶望的状況から、ここまで態勢をひっくり返した。お前こそ現代に生きる策士――」
「いやもう、そういうのいいから、さっさと出ろ」
 俺は横井を部屋から蹴り出す。キッチンまで行き、二つの部屋のブレーカーを再び上げて、部屋まで戻る。横井はよろよろと油まみれでヌルヌルのドアノブに手を伸ばし、「うわっ……」という声を漏らしたが、反撃する気力もないようで、そのまま部屋に入った。果たして部屋にぶちまけられた醤油にはどんなリアクションをしているのか。
 俺は洗濯物も干さずに、濡れた服を着替えてベッドに倒れこんだ。クーラーを27度設定にして、ぱたりと力尽きる。
 

 今回の騒動は、このようにダランとした結末を迎えた。
 結局俺は管理人には横井の悪行を報告せず、また横井も然りであった。俺たちは変わらずベランダを共有する隣人同士であり続けた。
 しかし、この事件を通して、俺と横井がお互いの過ちを許し合って固く握手を交わしたと思われては心外である。
 俺は今回の事件の復讐として、ベランダに干してあった横井の下着をすべて白ブリーフに交換してやったし、横井は横井で夜な夜な俺の部屋に向かってお経を流し続けた。対抗して郵便受けに怪文書を入れてやると、次の日には自転車に補助輪がつけられていた。
 復讐の後には報復を、仕返しの後には敵討ち。車輪は回るよどこまでも。
 俺たちの不毛な争いは、まだ始まったばかりである。