にわとりごや

継続は力なり

新商品【短編小説】

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 哀れな現代のロビンソン・クルーソーの日記データより抜粋。

 遭難1日目
 気がつくと、私は浜の上に倒れていた。幸運なことに、あの嵐の中で沈没しかかっていた船から、生きのびることができたらしい。
 どうやらここはあまり大きくない無人島のようだ。私以外に漂流者の姿も見えない。たった一人で心細いが、しばらくすれば助けが来るだろう。
 これまた幸運なことに、森の中には私に真水を提供してくれる川も流れていたし、その近くには腹を満たしてくれる果物が成る木も生えていた。私に危害を加えようとする動物は、今のところ、私の食べ残しを狙おうとするやんちゃな狐しかいない。助けが来るまでの数日は、なんとか生き永らえることができそうだ。

 


 遭難7日目
 待てど暮らせど助けが来ない。
 調べてみると、森の奥には私の口と体質に合いそうな植物がいくつも生えていて、海には魚がたくさん泳いでおり、また罠も仕掛ければ小動物も捕獲することができたので食べ物には困らないが、しかし、精神はまったく健康ではない。
 果たして私は元の暮らしに戻れるのだろうか。親は、友人は、同僚は、私をすっかり死んだものとして扱っているのだろうか。一刻も早く救助隊が来て欲しい。元の、機械に囲まれた暮らしに戻りたい。
 今のスローライフも悪くはないものの、しかし私は日進月歩の進化を遂げる現代文明に生きる身、こんなネットもなければコンセントすらない島での暮らしなど、性に合わない。
 かつて狭いものの機械の充実した部屋に暮らしていた私は、いまや洞窟で落ち葉にくるまって生活している。
 早く私をこの絶海の孤島から救い出してくれと切に願うばかりだ。

 


 遭難30日目
 どうせ助けなど来ないのだ。
 もういい。私はここで動物と戯れながら暮らす。
 よくよく考えれば、私はさほどあの世界が好きではなかったのだ。大学に入るまでに一浪して、しかも卒業するまでに二度ほど留年した。サークルではご長寿さまと呼ばれ、先輩からは笑いものにされ同回生からは馬鹿にされ後輩には相手にもされなかった。卒業してからも一緒だ。どいつもこいつも、私の3年ものスタート遅れを知るや否や、私を笑いものにする。そうして誰一人とも仲良くなれなかったから、私は一人で船旅を決行し、こうして遭難したんじゃないか。
 私はあの世界に好かれていなかったんだ! あの時の嵐は、寂しい私をここへ招くための、神の計らいによるものに違いない。ここには私一人だが、しかし、私という存在を受け入れてくれる自然がある。動物がいる。私を受け入れてくれるのだ。ならば、私もその思いに応え、この島の全てを受け入れ、愛そうではないか。
 そう思って近くにいた兎に手を伸ばしたら、噛まれた。

 


 遭難365日目
 そうです。なんだかんだ言って寂しいのです。
 過去の私は助けの来ない絶望のあまり、ついあの懐かしき世界に対し悪態をついたが、本音はそうではない。それは、私がこの日記を毎日欠かさず書いていることからもわかるだろう。そう、私は、実は人と会話を交わしたいのだ。言葉を発したいのだ。文明人としての自分を見失いたくないのだ。
 もう、飼いならした兎と戯れ、返事もないとわかっていながら話しかけるだけでは、精神が限界なのだよ。
 私の目の前には当然のごとく誰もいないが、いつか、私のこの寂しい日記を読んでくれる人が現れると信じ、私はあえてここで諸君と呼ぼう。わかるかね、諸君? 私のこの孤独が。
 元の世界にいた私は孤独などではなかった。その気になれば、私はいつでも人と関われたではないか。たったちょっとの勇気で! いつでも!
 そんなことを考えると、涙が溢れて止まらない。日記を記す指も文章も思考も、ぶれてぶれて止まらない。

 


 遭難10年目
 ついに私にも死が訪れる時が来たようだ。
 いや、ここまでよく生き永らえたと言うべきだろう。運命の、10年前のあの嵐の夜に、私は本来死ぬはずだったのだ。それが、運良くこの島へ流れ着き、自然の恵みによって私は今日まで生きることができた。
 だがそれも今日までだ。どうやら、厄介な病気にかかってしまったらしい。食欲は湧かず、体はいうことをきかない。なんとなくわかる。これはもうだめだと。
 今、最後の軌跡を残そうと、私は横になり、ゆっくりゆっくりとキーをタイプし、この日記をしたためている。
 いや、本当に、漂流した時にこのパソコンが一緒でよかった。こうして日記を書くことで、日々私は活力を得て、今日まで文明人としての誇りを保ったまま、生きることができたのだ。
 望むらくは、この島に人が降り立ち、私の亡骸と、この、私の日記を読んでくれることである。私がここにいたんだという証を、ここで、私が10年を過ごしたのだという証を、発見してほしいものだ。


 ………………
  ………
   … 


『水に浸けても壊れない完全防水! 長時間使える長持ちバッテリーと耐久性! 容量たっぷりのハイスペックパソコン!』
 画面の向こうのテンションの高いナレーションはそう言い、下には制作会社と商品名が表示された。
「つまんね」
 今時流行りのドラマ仕立てのコマーシャルである。
 俺はカップラーメンをすすりながらリモコンを手にし、チャンネルを変えた。